母の随筆・詩・俳句

秋の俳句が届きました

 しばらくぶりに母の俳句が届きました。庭はないけれど、家の廻りに植えてあるバラ が毎日咲きます。少しずつ小さくなっていますけれども。とハガキに書いてありました。

  バラ三つ咲いて 小さき 秋がきた

  月の出る頃 海の上 雲ぼっかり

  月は雲払いて 払いて のぼりけり

  月昇りきって したがふ 雲もなし

  十二時に 二時、四時と 眺む望の月

  まんまるな月は 昔は ウサギがいたもんだ

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外寝せし

本日はステンシルの日でしたので、お真っ白の私用のTシャツにモンステラ(緑の大きな葉)をたくさん、そして襟ぐりの周りにはピンクの小花をずら~っとペイントしました。明るいTシャツに大変身。 これで地味だとは言わせません。

久しぶりが続いていますが、この俳句もお久です。母から戦争中のことを思い出して作った句。昨日届きましたが、いつ作ったのかは書いてありませんでした。最近忙しいので電話だと時間が長引くので、思いついたときにハガキを送っているので、その返事のハガキに書いてくれてました。

 外寝せし 記憶のありて 大暑かな

 私の年代には戦争中の体験がないので、外寝といえばキャンプになるでしょうか。 それは、お寺の鐘の音を聞いて、日本人が感じる思いと、外国のキリスト教徒が教会の鐘の音を聞いて感じる思いの違いに例えられそう。

 そういえば、私が小学3年の頃に亡くなった祖父が母にした戦時中の話を、何度も聞かされました。借家住まいにもかかわらず、体の弱かった祖父は、空襲警報が鳴っても、吉野川まで逃げる体力?気力?が無かったのか、家族を逃がし、自分だけ家に残り周りに水を撒いて延焼を防いだと。子供の頃は歩いて吉野川まで遊びに行ったことがあるくらいですから、そう遠くは感じなかったのですが、どうでしょ? もっとも今の年頃では、到底歩こうなどとは思いません。 

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『百まで踊ろか』 ちょっとええ話 その③

『百まで踊ろか』

 町内の婦人会の方々のお世話になり、今年も敬老会に招待していただきました。

 そして、私は去年と違い、久しぶりのスカートです。それもすその広がった25年前に自分で仕立てた代物です。捨ててもよいものを大切にしていたので、着てみると、少しやせたせいか、仕立てたころよりも格好よく見えます。

 敬老会では、最後に阿波踊りがあるので、今年はこのすそ広がりで踊ってみようと考えたしだいです。

 誰かが「手を上げてアシを運べば阿波踊り」と、俳句を作ったら、「阿波踊りはそんなもんでない」と誰かが怒ったけれど、私は好きで踊っているだけ。我が家の主人などは大阪育ちのせいか、手は上げても足が前に出ず、電信柱のようなもので、足が運べれば阿波踊りで、よろしいかと思いつつ踊ります。

 いろいろお土産を頂いて、祝辞もいただいて、私は生まれた町に住み、お名前はともかく、顔なじみは大勢います。楽しい一日でした。そして何より、お目当ての阿波踊りは最高でした。踊っている中の誰かが「百まで踊ろか」と言ったので私が「そうしよう」とはやして踊り終えました。

 また来年も、婦人会の方々のお世話になり、一緒に踊れますように。

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『ヤットサー』 ちょっとええ話 その②

『ヤットサー』

 まだ幼稚園の年少組みなのに、おそろいの踊り衣装があり、頭の上で束ねた髪に紅白のねじり鉢巻きもすてき。お盆4日のうちに、よしこのになじんだものか、幼稚園での練習のたまものか、今日は母親に連れられてわざわざ私のために阿波踊りを見せに来てくれました。数あるひ孫の一人です。

 「ヤットサー」の掛け声もなかなかのもので、私の口三味線で踊ってくれました。少々テンポが速いのは行列に遅れないためでしょうか。私も5歳くらいから大人に付いて踊っていきましたが、気が付くと、いつの間にか一番ビリになっていました。子が踊り、孫が踊り、しみじみ血のつながりを感じた一日でした。

 ひ孫たちが帰ってから夕刊の「ちょっとええ話」を開いてみました。思いがけず65年前の私が見た、あの飛行機雲を、花えんどうさんもはっきり見たと書いてくれています。若い人にはなかなかわかってもらえない飛行機雲です。私などはその10年前に、上鮎喰町に着陸した飛行機を弁当持参で見物したのですから。それから徳島大空襲。8月になり原爆投下を2度、ソ連参戦、敗戦と続いたけれど、ご無事で何よりでした。 

 生きてきて、生きてきて、今年も阿波踊りを見ることができました。

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『ちょっとええ話』 その①

友人にも新聞投稿が趣味の方がいるのですが、母も大好きなのです。徳島新聞に掲載してもらった分を3つ連続でアップしておきます。

 『ちょっとええ話』コーナー

『神様』

 ちょっとええ話の「神様の落書き」を拝読、私もちょっぴり涙ぐんだ。私も飛行機雲をよく見上げる。神様の落書きの青い空もいいけれど、夕焼け小焼けの飛行機雲もいいもんだ。

 けれど、あの日の空も青かった。たしか昭和19年の春だった。現在の城東高校での授業中、突然の空襲警報だった。徳島に初めて空襲警報の出た日だった。そして、担任の先生が「すぐ家に帰るように」と言った。

 私の家までは急ぐと35分ぐらいだけれど、吉野川の渡し舟と汽車を乗り継いで通学している人もいるので驚いた。私はともかく学校を走り出て近くの徳島城公園に逃げ込んだ。

 けれど、その時すでに青い空に2本の濃く白い線が西の空に伸びつつあった。敵機2機の仕業だった。それを公園の中で見上げている大人たちが「あれは毒ガスじゃ」と言った。それだとすると、あの毒ガスが少しずつ地上に降りてくるとわれわれは死ぬということだ。早く家に帰り着いてから死ななければ、と走ったものの、よく見ると、それはそのまま地上に降りてくる気配はなかった。 白い線はあまりに高い。少しずつ北の方へ流れそうにも見え、ぼやけそうな予感がした。

 それが飛行機雲だと知らされたのは翌日のことだった。まだ校庭に防空壕はなく、勤労学徒動員にも出ていないころだった。

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俳句30句 (8月の続編)

ふと気づくと前回は8月14日に掲載したままでした。エライコッチャです。

11 さくら散り止まず蛇谷狸谷

12 おほかたのこと壷中なる春の夢

13 軍国少女たりしも春の夢ならむ

14 眉山に桑の実熟るつところかな

15 四十雀好きに出入り稲荷堂

16 月光の茶の木ばかりに城址かな

17 望月や城山多き阿波の国

18 名の月に水上バイク呑まれゆく

19 柿一竿吊るや身辺うすあかり

20 白梅はつぼみ凍蝶未だ覚めず

21 注連飾稲穂は雀れのために

22 元旦や歩き始めし男の子

23 クリスマスローズはみ出しスケッチ帳

24 剣山の雪春弾む一輪車

25 雪晴の弁当箱に茹卵

26 楮干す村鈍行の玻璃もかな

27 義経道首洗ひ井戸冬すみれ

28 浅春や旗山に義経騎馬の像

29 錆浮ける駒繋ぎ石春時雨

30 佐保姫の移り香雨の末黒かな

   私には読むこともできない感じがいくつかあり、手書き検索で入力するありさま。これでは俳句を鑑賞することはできません。私の代わりにお好きな方だけお楽しみください。

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「初窯出し」 母の俳句

夏の帰省時に大量の母の俳句を託されました。俳句に興味のある方に紹介することが、俳句音痴の無粋な娘の務めと思っておりますので、採点仕事の合間にぼちぼちと紹介。 暑い最中も俳句つくりに楽しんでいる母を思いつつ入力することにします。

艶消しなのですが、入力上の都合で番号をつけておきますが、出来不出来の順位ではありません。

 同人誌の7月号に掲載の43句です。いつもは大抵月に数句なのですが、特別号なのでしょうか。詳しい事情を聞き忘れました。日本全国に同人がいる団体なので、四国だけでなく九州、中国と、出身県名だけを見るだけでもファンの多さにびっくり。私がもらってきたのは、7月号の母関連ページだけのコピーですから、もっとたくさん載っているというわけです。

30句競詠の第1部(10句づつ掲載予定)

 1 声若き 初窯出しや 登窯

 2 初窯出し 地べたにも 壷並べらる

 3 初窯出し 終りても 温かき登窯

 4 手の平ほど 草焼きし 跡厭離庵

 5 苔に落ち 椿一輪 厭離庵

 6 思い出し 笑ひさせしは 壬生狂言

 7 にじり寄る 仏の産湯 花まつり

 8 ぬれぬれて とろりと細身 甘茶仏

 9 藩公の 墓山にして 花の山

 10 花散るや 代々若き 藩主塚

         続きは後日掲載予定。

 

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母の作詞家デビュー曲

久々の母の詩アップ。 一読して気に入った娘はすでにコピーを持ち帰ったのですが、息子にも読んでもらえるかな?

 子供を守るために近所を車でパトロールする協議会があり、民生委員をしている弟もそのメンバーの一人。 若い頃から草野球? ソフトボール? の指導をしたりして、地域活動に参加してきたので、活動はさらに広がっている様子。

 母の詩には、ちゃんと曲がつき、パトロールの際に車から流れていると聞いています。聞きたいものですが・・・

 副題が「愛パト・ソング」

1、夜明けのまぶしい 太陽が

  真っ直ぐに差す 佐古の町

  眉山から吹く風 鳥の声

  みんな みんな仲間だよ

  守っていこうと 大切に

  あいじつ あいじつ パトロール

2、春には土筆 菜の花

  夏になれば 潮干狩り

  変わることなく 清らかに

  四国三郎 吉野川

  守っていこうよ 大切に

  あいじつ あいじつ パトロール

3、きみ ぼく あなた わたし

  ひとり ひとり 宝物だよ

  声掛け合おう 助け合おう

  困ったときは 大声出して

  守っていこうよ 大切に

  あいじつ あいじつ パトロール

                     以上です

そういえば、昔、末の弟がたぶん中学校から自転車で下校中、廃品回収車と何かの間に挟まれ、怪我をしたことがありました。誰にも助けてもらえず、傷ついたまま自宅へ戻ったことがありました。私はおそらく天理に居た頃だろうと思います。見ていないので。そんなとき、近くの誰かが助けてくれると良かったのにねえ。 野球部でしたから、他の生徒より遅い時間だったのでしょう。そんなときパトロールの人が通っていてくれたらどんなに心丈夫なことか。

 後日談ですが、父は弟の哀れな姿を見て激怒。傷の手当を母にまかしたまま家を飛び出し、廃品回収車を探索。 その噂を聞いた当事者は怖くなって警察に出頭したとか。 はい、瞬間湯沸しと言われる私の父ですからねえ・・・直接、その運転手に出くわさなくて幸いでした。

 

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記憶力のトレーニングと習字を伊勢物語で

図書館で借りてきた枕草紙の解説本に、伊勢物語も面白いと書いてあったので、朗読と習字の練習を兼ねて、『45首の恋心』と副題のついた教本を入手。楽しみ。lovely

 10数年前のことですが、漢字が苦手で、仏教大学の東洋史学科に編入学したものの、関西では東洋史=中国史であったと知り愕然。 私は東南アジアや南アジアを漠然と想像して期待していたのでした。
 その上、漢字が苦手だったので、これを機会に漢文の勉強でもしようかと意気込んだものの・・・やはり苦手に取り組むよりは、得意なものや好きなものを深める方が性に合っているらしい。
 という私ですから、苦手な日本古典文学と習字がいつまで続くことやら。それでも、脳を鍛えなおすにはこれはとってもいい薬らしいので、頑張らなくっちゃ。

『マセてんだかウブなんだか』という題で

  春日野の 若紫の 摺り衣 忍の乱れ 限り知られず

という歌も載せてくれています。習字は一ページにこの歌以外に古文原文が2行半。短いsign01eye その上に、もう少し長めの原文。左頁に解説、という段取り。続くかな?coldsweats01

 歌の意味は、『春日野の若い紫草のような、美しい姉妹よ。私の心は、この衣の「忍」(しのぶ)摺りのように乱れて乱れて、耐え「忍ぶ」こともままなりません。』とか。

図書館で借りた枕草子の方は、三日坊主にもならないくらいで興味減退。 一応原文の部分だけ声を出して、2日間で半分程度読んでみました。これで終了宣言。crying

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父の日の俳句

070619_235201 火曜日は珍しく子供達は二人共休日だったらしく、家族4人で音声チャット。ところが、私はHPの更新方法を確認したくて、息子とだけ情報をやり取りしなくてはならず、結局、姫と夫が二人通話に変更。申し訳ない。朝早く仕事に出る息子を早く寝かせてやらねばと、あせって・・・娘は、遅い出勤ですから、夜中にメールが届くことが多い。昨晩は、11時過ぎてから晩御飯だったらしく、アサリづくしの写メールが届きました。野菜好き。見習わねば。

 父の日にプレゼントを贈ったので、母からお礼の手紙が届きました。それには、今までに作った父への俳句が書かれていました。今回の俳句にも、俳画が書かれていないので時節柄、紫陽花の写真に書き込んでみました。感興を損なったっていたらごめんなさい。5句あったのですが、うち2句は未発表分だったので削除。そのうちまた思い出したらアップしましょう。

 昨日は、チャットレッスン中に風呂のブザー。娘からメール。JR君はテレビを見ながら泣く(後から知ったのですが)。と、いろいろとありましたが、今日はその反動でスカイプからは呼び出し無し。また、明日のお楽しみ。おやすみ。 

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