« 阪南市の文化フェスへ | トップページ | 蒔いた種はハコベ? »

娘を送りがてら京都へ

 天理にいたので、学生時代から京都にはよく出かけたものだし、学校講師を始めてから仏教大学に再入学して、スクリーングに3年ほど通いました。 それでも行くのは、京都市内だけ。 蟹を食べに同僚達と小型バスで舞鶴あたりに行ったことはありましたっけ。 

 週末に里帰りした娘を送りがてら、新居の様子を偵察に行って来る予定。 月曜日は天気が良いといいのですが。 泉州で一番の銘酒を持って、本家(婿殿の実家)へも挨拶に行きましょう。マンション族の我々と違って、築150年のお家だそうで楽しみ。 宮大工風?の娘としてはやっぱり家には興味が・・・ 

 父は、ちゃんとした宮大工の修行をしたわけではなく、成り行き上宮大工をしていただけなのです。 満鉄の学校を出て就職後半年で敗戦をむかえ、たった一人で満州から命からがら逃げて戻ってから、徳島の親戚で神棚を作るのを手伝っていたこともあり、普通の大工仕事もするし、鐘楼作りからお寺の建設までしたので、やっぱり宮大工? 

 父が家の図面を描くこともできたのは、独学で身につけたのでしょう。 努力の人!  母は母で、戦中、物資の無いときに古い服をほどいて、その縫ってある糸を使って、縫い直しをしたり、別の布で同じものを縫ったりするという特技がある。 わが親だけど、本当に昔の日本人はすごい!と思います。 私にはそんなマネは到底できません。

|

« 阪南市の文化フェスへ | トップページ | 蒔いた種はハコベ? »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 阪南市の文化フェスへ | トップページ | 蒔いた種はハコベ? »