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『ちょっとええ話』 その①

友人にも新聞投稿が趣味の方がいるのですが、母も大好きなのです。徳島新聞に掲載してもらった分を3つ連続でアップしておきます。

 『ちょっとええ話』コーナー

『神様』

 ちょっとええ話の「神様の落書き」を拝読、私もちょっぴり涙ぐんだ。私も飛行機雲をよく見上げる。神様の落書きの青い空もいいけれど、夕焼け小焼けの飛行機雲もいいもんだ。

 けれど、あの日の空も青かった。たしか昭和19年の春だった。現在の城東高校での授業中、突然の空襲警報だった。徳島に初めて空襲警報の出た日だった。そして、担任の先生が「すぐ家に帰るように」と言った。

 私の家までは急ぐと35分ぐらいだけれど、吉野川の渡し舟と汽車を乗り継いで通学している人もいるので驚いた。私はともかく学校を走り出て近くの徳島城公園に逃げ込んだ。

 けれど、その時すでに青い空に2本の濃く白い線が西の空に伸びつつあった。敵機2機の仕業だった。それを公園の中で見上げている大人たちが「あれは毒ガスじゃ」と言った。それだとすると、あの毒ガスが少しずつ地上に降りてくるとわれわれは死ぬということだ。早く家に帰り着いてから死ななければ、と走ったものの、よく見ると、それはそのまま地上に降りてくる気配はなかった。 白い線はあまりに高い。少しずつ北の方へ流れそうにも見え、ぼやけそうな予感がした。

 それが飛行機雲だと知らされたのは翌日のことだった。まだ校庭に防空壕はなく、勤労学徒動員にも出ていないころだった。

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