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日本史は結構面白い1

図書館でしばらくぶりに、面白い本を発見。江戸川乱歩賞受賞作家の書いた本で、名前は結構いかめしく開くまでに時間が・・・でも開けてみるとこれが面白い内容。大学受験時に世界史を選択したために、日本史はまるで記憶に残っていないのです。(中学レベルのまま)

 少しだけメモしておきましょう。

 内容は簡単明快。「学校の教科書では歴史の本当の姿はわからないけれど、実はこうだったんだよ」と易しいことばで説明してくれています。

 まず、借りた本の最初は、戦国時代と江戸時代の厳しすぎる法律を2つ取り上げて、それはなぜ実施されたのか、その効果はどうだったのかを説明。

 これは、信長・秀吉・家康は日本をどう変えたのかという話から抜粋。

①織田信長の「一銭切り」。たとえ一銭でも他人の物を盗んだら、切り捨てる(死刑)という厳しい法律。この時代には警察は無く、弱肉強食でやりたい放題ですから、治安確立のためには厳罰にする必要があった。この施行によって信長の領内は治安が劇的に良くなり、人気を得た。

②徳川綱吉の「生類哀れみの令」が出された理由。

江戸初期の最大の課題は、「平和を確立すること」。今まで闘うことを職業にしていた人達の意識を変える必要。つまり、敵を殺してその国を取ることによって出世する時代から、人を殺してはいけない平和の世へ。武断主義(逆らう奴は殺す)から文治主義(法律による支配)へと転換。

 三代将軍家光の頃までは、戦争がなくなったせいで鬱憤のたまった者達の喧嘩が多かったとか。人の気質とはそうそう簡単に変化するものではない、ということで、「生類憐みの令」という極端な法律が実施されたのです。(たとえ、虫一匹殺しても許されない。)常識を劇的に変えるには劇薬が必要だというわけです。

 この話にはまだ続きがあります。「生類憐みの令」には、「病んだ馬は捨ててはならない」という項目があるそうです。ということは、戦国時代は効率第一主義ですから、病んだ馬を看病などしている優しさはなかったということ。

 さらに、「宿で旅人が病人になった場合、それを追い出してはいけない」という項目も。江戸時代の中ごろには、この令のおかげで病人を追い出す宿はなくなったそうです。

 悪い内容だけ言い伝えられ、良い内容は忘れられるとか。その例を少し挙げています。

信長で言えば、寺社勢力の武装解除というすばらしい業績、あるいは政教分離という業績。

綱吉で言えば、本当の意味での平和主義への転換。

 戦国時代は、警察がないため、みんなが武器を持ち、「自力救済」「自力解決」しか手段のない時代。それを最初に秀吉が武装解除(刀刈り)という形で終らせ、人を殺してはいけないという意識に劇的に変えたのが綱吉。その意味で、信長と綱吉も繋がっている。歴史というのは、点と点の繋がりだ。結果が原因となりまた次の結果を生む、その繰り返しで続いているのが歴史。

 パート2で、近代をメモしてみましょう。

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