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母の随筆「神の国」

 むかし、日本の国は、神の国であった。それが神国となり、軍神となるとまた言葉に危険をはらんでくる様だが…。だが、それはそれとして今、我が家にも神棚があって、天照大神宮のお札がおまつりしてある。毎日、おさんと、ご先祖の仏壇と、そしてその神棚に、炊きあがった食べる前の御飯を少しずつおまつりしているのである。

 そして、お正月には神棚に正月の神様をお迎えするのであり、この時、天照大神のお札を新しくするのだが、果たして、正月の神様が何処からお越し下さるのか、今だ私には解らない。あいまいもことお越しくださるのかもしれません。

 昔、むかし、私の子供の頃には身辺にたくさんの神様がおいでになった。水には水神様が、地には地神様が、田には田の、便所には便所の神様がおいでになって、「箒」にも箒の神様がいて、またぐと罰が当たると母が言っていた。それなのにお正月の神様が、どこからお越しになるのか母も知らなかった様子であった。

 箒の神様に罰を当てられるというのもたまったものではないが、だが、大抵何処にもそういうてあいは居るもので、なるべくそういう輩にはふれずに過ごしたいとは思っているが、昔々の大昔、神様は、箒の神様も揃って大勢で、大陸に偏西風が吹き始め、和清の天となる頃、その風に乗り、筏、丸木舟、帆船を連ねた船団を組み、大陸の端から、この日の本の国をめざしてご出発になった。

 神様の宝船である。金銀財宝、翡翠勾玉はもとより、五穀の種物などもどっさり積みこんだ神々の船団をはじめにお迎えする事になったのが出雲の国で、この国が縁結びの神の国となったのは当然の事であり、その上に、農耕の統領神の特権をも得る事になったのである。

 さらに、ことの始めの、五月に上陸した神々はやがて、その後、十一月に毎年、出雲の国へ、その年に収穫した穀物を土産に、大きな袋を肩にかけ、参集するのがしきたりとなったのが、各地の神無月、出雲の神有月と言うわけで、出雲地方は、参集した神々を酒肴でもてなしたのであった。

 それらは、神々の自由意思というよりも統制されたものであり、もちろん統治者が居たわけで、出雲の国は、それぞれの神の持参した作物の増産、改良などについても一大研究講習会場にもなったわけである。

 と、いうのは、私のための私の神話であって、その神々の大統領が、卑弥呼であるなどとは申しますまい。

 だが、中には出雲の酒肴にとりつかれた神様が、いつまでも居座って、追っ払われる事もあったとか。何とも人間もどきの神様であったようである。

 年末に、注連を飾って神棚に、我々がお迎えしたお正月の神様も餅をつき、酒肴をおまつりするのが、出雲へ参集した神々の滞在期間が十五日程度であるのに似て、七日には七種粥を作り、十五日には飾ったものを焼く、どんど焼きをして正月神をお送りするが、近頃は私のところでも七日の朝にはお飾りをおろして、どんど焼く場所もなくなってしまっている。

 神様も飲酒運転や道路の混雑を恐れ、早々とおもどりになられるせいであろうか。

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