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ネット本・「女人高野」

☆ 今から6~7年前に母から預かって、小冊子を作ったことがあります。手作りで 30冊程度。その冊子からの抜粋を一日1題掲載予定。現代詩と俳句もありますので、どうぞご覧下さい。

                女人高野

 近畿吟行の終わりの日に室生寺に連れて行って頂きました。ここを女人高野とか。高野山へ登ることが許されぬので、ここを高野とし女人が参拝したのであるらしい。

 その事にひきかえ二、三年前に高野山へ詣で今この女人高野へ参りました事に、私はいささか今昔の感を覚えます次第です。

 きれいな紅葉黄葉がうち重なりあう程此の世の極楽浄土との思いを深めました。

 バスを降りてから室生寺までの片側は土産物等を売る商店が並んでいました。その一軒でインドリンゴを売っているのを見つけました。私が買おうとしますとHさんが「止めとき」と、Mさんも「重いですよ」と言ってくれました。が私はそれでもインドリンゴを二個買いました。二個で百円でした。

 太鼓橋を渡って国宝の建築物、仏像、日本最小の美しい五重の塔を拝し、その建築物にじかに鑿を入れ鉋をかけた人々の姿に心に、じかに触れ得た思いを抱きしめました。

 丁度お昼でしたが風が少しあったせいか、どこも寒く来迎寺で頂いて来たお弁当も食べるところがなくて下まで降りてきました。Mさんが寄ってこられて「リンゴ買わせてやったらよかったのに」と言われましたので「いえ買いました。持って上がって持って降りています。」と私は申しました。

 昭和二十四年お米を下げて出かけた私達の新婚旅行の途中、宝塚の「春のおどり」を見た後で買ったインドリンゴは二個で八十円でした。世の中がどういう仕組みであったのか、その当時の主人の一日の給料は百五十円で一日働いてインドリンゴが四個買えなかったのでした。

 二人で池のほとりで、座って食べました。

 それから二十一年が過ぎました。どこの夫婦にもある様な、話しておれば二十一年かかるような、いろんな事がありました。でも現在は幸せです。インドリンゴも一日に百個位は買えるかもしれません。

 主人は、徳島の三好郡の十輪寺で一つだけ鐘楼門を建てました。もちろん、今見たものの様に立派なものではありませんが、それでもその鐘楼の棟木に主人の名が書かれてあるそうです。

 そんな事あんな事で胸ふくらむ私は、女人高野をあとにするバスの中でインドリンゴをかみしめたのでした。

 降る様に、ぼたん雪の様に紅葉がバスに散り掛かり、この上なき旅の一日でした。

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